大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)203号 判決

原告 越山康

被告 東京都選挙管理委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  昭和六一年七月六日に行われた衆議院議員選挙(以下「本件選挙」という。)の東京都第三区(以下単に「東京三区」という。その他の選挙区についてもこれに準ずる。)における選挙を無効とする。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

1 本件訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(本案の答弁)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は昭和六一年七月六日に行われた本件選挙の東京三区における選挙人である。

2  本件選挙は、公職選挙法(昭和二五年法律第一〇〇号。以下「公選法」という。)について昭和六一年法律第六七号によつて改正された衆議院議員定数配分規定(同法一三条、別表一及び同附則七ないし一〇項。以下「本件定数配分規定」という。)に基づいて行われたものである。

3  右の法改正は、改正前の規定(昭和五〇年法律第六三号によつて改正された公選法一三条、別表第一及び同附則七ないし九項。以下「旧定数配分規定」という。)が昭和六〇年七月一七日最高裁判所大法廷判決。民集三九巻五号一一〇〇頁(以下「六〇年判決」という。)によつて、昭和五八年一二月一八日に行われた第三七回衆議院議員総選挙(以下「前回選挙」という。)当時において憲法の選挙権の平等の要求に反し全体として違憲と断定されたことに対応して行われたものであり、その趣旨と内容の骨子は、議員定数を八選挙区において各一名増員し七選挙区において各一名減員し、三県において隣接選挙区との境界を変更することにより、衆議院議員の総定数を当分の間五一二人とし、また、選挙区別議員一人当たりの人口の最高と最低との較差を三倍未満とするというものである。

4  六〇年判決による旧定数配分規定の違憲宣言は、論理必然的に、前回選挙によつて選出された議員(以下「旧議員」という。)全員が、わが憲法秩序上、是認することのできない制度の下で選出されたものである旨の宣言にほかならない。これは、旧議員によつて構成された衆議院が「似非衆議院」であり、その指名にかかる内閣総理大臣が組織した内閣が「似非政府」であると呼称されるべき状態にあるものと認定されたことを意味する。したがつて、旧議員には、法的な正統性に問題があり、せいぜい、わが憲法の是認する議員を得るために必要最小限度の立法行為を行うことができるにすぎない、いわば仮の地位しか認め難い。すなわち、旧議員がなしうべかりしことは、議員定数の平等配分の徹底化にとどまるべきであり、当時の選挙制度に関する既存の立法政策上の諸原則に何らの変更を加えることなく、当時の議員定数(総数)を人口に比例させて再配分することであり、換言すれば、議員定数を増員し、二人区や六人区を新設して人口較差を三倍未満にすることではなく、議員定数五一一人の枠内において、三ないし五人区の中選挙区制を維持しながら適正な議員定数の再配分を行うべきであつた。

昭和六一年の公選法の前記改正は六〇年判決の違憲宣言の趣旨を大きく逸脱するものであることが明らかであるから、本件定数配分規定は無効であり、これに基づく本件選挙の東京三区における選挙は無効である。

5  本件定数配分規定は、例えば選挙区別議員一人当たり人口に二・九九倍の最大較差(長野三区と神奈川四区)を容認し、かつ、選挙区相互間に多数の逆転現象(人口のより多い選挙区の方が人口のより少ない選挙区より配分議員数が少ない状態)を存置するなど、いまだ憲法の選挙権の平等の要請を充足するに至つていない。

(一) 公選法の前身である衆議院議員選挙法の昭和二二年の改正において、議員定数配分は「一票等価」の憲法原則に則つて行われた。しかるに、昭和六一年の公選法改正による本件定数配分規定は右憲法原則を充足していないのである。

イ 都道府県への配分

(1) 昭和二二年の議員定数(総数)の配分は、それを直接、選挙区に配分せず、まず既存の行政区画である各都道府県に配分した後、その都道府県内の各選挙区に配分するという方法で行われた。

別紙≪表1≫「昭和二二年衆議院議員選挙法改正時における都道府県別配分」は、その折に昭和二一年四月の臨時統計調査人口を用いて行われた各都道府県への配分を示す表であるが、配分の具体的な方法をわかりやすく説明するために、左端欄の「都道府県」を人口の少ない順に配列してある。

この配分の手順は、次のとおりであつたといわれている。

(イ) 大正一四年の衆議院議員選挙法を踏襲して、議員定数を四六六人と定めた。

(ロ) 全国人口をこの四六六で除して、議員一人当たり人口の全国平均値(以下「基準人口」という。)を算出した。

(ハ) 各都道府県の人口をこの「基準人口」で除して、「取り分」を算出した。

(ニ) 各都道府県に、まず、その「取り分」の整数部分と同数(「基」欄)を配分した(基本配分)。

その結果、基本配分数の合計は四四二になつた。

(ホ) ついで、残りの二四は、各都道府県の「取り分」の小数点以下の部分の大きい順に、すなわち、〇・九六八人の大阪からはじめて和歌山、富山、青森、長野、埼玉、神奈川、新潟、岡山、千葉、愛媛、山口、岩手、奈良、三重、群馬、東京、秋田、愛知、石川、栃木、香川、鳥取、そして最後に〇・五二五の福岡までの二四都府県に一ずつ追加して(「追」欄)配分した(追加配分)。

その結果、各都道府県に配分された議員数は、「計」欄に示すとおりになつた。

この配分方式は、一般に「最大剰余法」と呼ばれ、わが国では最もポピュラーなものの一つである。

さて、ここで大切なことは、

〈1〉 「基本配分」では、どの都道府県にも、「取り分」の整数部分と同数が配分されたこと(下方「取り分」の確保)、

〈2〉 「追加配分」では、一都道府県について一議員しか配分しなかつたこと(上方「取り分」による制限)、である。専門用語では、この二点をあわせて、「『取り分』制約を満たした」というが、この条件は、どの選挙区にも最小限一を配分しなければならないというもう一つの条件とともに、公平な議員定数配分の必須条件である。

なお、同表中の配分数(「計」欄)につけたアンダーラインは、「取り分」制約が満たされていることを示す(以下同じ。)。

(2) 次に、別紙≪表2≫「昭和六〇年国勢調査人口(速報値)に基づく都道府県別配分(最大剰余法による)」は、昭和六〇年の国勢調査人口の速報値(市区町村要計表による集計値)に基づいて、昭和六一年の法改正前における配分状態を示したものである。左端欄の「都道府県」を人口の少ない順に配列したのは、当時の状態を前記別紙≪表1≫と比較しながら検討するためである。

まず、表中の「旧」欄は、各都道府県への改正前の配分数を示したものであるが、その数値にアンダーラインのない箇所が「取り分」制約を満たしていない。それは、実に四七都道府県中三六都道府県にも及んでいる。前記別紙≪表1≫には、一箇所もなかつたこと、すなわち全都道府県において「取り分」制約が満たされていたことに比較すれば、「取り分」制約が満たされているのはわずかに、福井、滋賀、沖縄、奈良、青森、岐阜、宮城、京都、茨城、広島、福岡の一一府県のみという状態がいかに不公平なものであつたかを知ることができる。

ついで、最大剰余法による再配分の結果を「新」欄に示し、当時の配分数(「旧」)と最大剰余法による配分の結果(「新」)との差を「差」欄に示した。

これによると、定数配分の是正のために配分数の変更を必要とするものは、実に四七都道府県中、四一都道府県にも及んでおり、増員又は減員を必要とする数は、ともに五八人を数える。具体的には、配分過剰五が新潟、配分過剰四が長野の各一県ずつ、配分過剰三が秋田、山形、愛媛、鹿児島、福島の五県、配分過剰二が島根、香川、大分、岩手、長崎、山口、三重、熊本、栃木、岡山、群馬の一一県、配分過剰一が鳥取、福井、山梨、徳島、高知、佐賀、和歌山、富山、石川、宮崎、青森、茨城の一二県であるのに対して、配分不足一二が神奈川、配分不足一一が大阪、配分不足一〇が埼玉、配分不足七が東京、配分不足六が千葉、配分不足五が愛知の各一都府県ずつ、配分不足二が兵庫、北海道の二道県、配分不足一が京都、静岡、福岡の三府県となつており、配分に過不足がないのは、滋賀、沖縄、奈良、岐阜、宮城、広島のわずかに六県にすぎなかつたことがわかる。

要するに、当時の状態を昭和二二年の改正時と同等の配分状態にまで回復させるには、配分過剰の前記三〇県から合計五八議員を、配分不足の前記一一都道府県に移動させる必要があつたということ、したがつて、若干の選挙区間における配分数の調整では、到底処理しきれない大きな人口分布の変化の実態が、この表によつて浮き彫りにされていたものといえる。

(3) 更に、別紙≪表3≫「法改正による都道府県別配分結果」の「旧」欄は、前記別紙≪表2≫のものと同じであるが、「新」欄には、昭和六一年の法改正の結果を示してある。この改正がいかに杜撰なものであるかは、多くの説明を要しないほどに一目瞭然であるといえる。

ロ 都道府県から各選挙区への配分

昭和二二年の法改正においては、各都道府県に最大剰余法による配分を行なつた後、各都道府県内において、市町村など既存の行政区画の境界を尊重しながら一選挙区への配分数が三ないし五になるように選挙区を設けた後、再び最大剰余法を用いて配分数を決定したその結果生じた一一七選挙区及び各選挙区への配分数は、別紙≪表4≫「選挙区への配分状態の変動(昭和二二年法と法改正前の状態との間)」の左側に示すとおりになつた。

これによると、全都道府県及び全選挙区において「取り分」制約が満たされているが、異なる都道府県の選挙区相互間には若干の「逆転現象」が認められる(別紙≪表6≫「逆転区検証表(昭和二二年法改正時)」参照)。

ついで、昭和六〇年の国勢調査人口の速報値に基づいて昭和六一年の法改正前の一三〇選挙区への配分状態を前記別紙≪表4≫の右側に示した。ここでも、「取り分」制約を満たしている選挙区には、「配分」欄の数値にアンダーラインをつけてある。「取り分」制約に満たすものは、全選挙区一三〇のうちの六七選挙区にすぎず、随所に「逆転現象」があることがわかる(別紙≪表7≫「逆転区検証表(法改正前の状態)」参照)。

更に、

〈1〉 選挙区別の「議員一人当たり人口」の最大較差は、一・五一倍から五・一二倍に、

〈2〉 選挙区別の「議員一人当たり人口」の標準偏差値は、それぞれの「基準人口」の七・七五パーセントから三八・八五パーセントに、いずれも驚異的とすらいえる増加を示しており、昭和二二年法制定時においては何人も異論をさしはさむことができないほど正常な範囲内にあつたものが、当時においては著しくそれを逸脱して、まさに憲法問題を露呈するほどにいたつていたことを十分に知ることができる。

(二) 本件選挙は昭和六一年に改正された本件定数配分規定に基づいて行われたものであるが、右改正の前後における議員定数配分を比較し、それがもたらした変化を別紙≪表5≫「衆議院議員定数配分改正法(昭和六一年五月二二日成立)」によつて、そこに残つた「逆転現象」を別紙≪表8≫「逆転区検証表(法改正後の状態)」によつてそれぞれ示す。

なお、ここに利用した人口データも、昭和六〇年国勢調査の速報値であるが、これは右法改正にそれが利用されたことによるものである。

6  わが憲法は、規範構造的に、普通・平等・秘密・直接・自由選挙を要請しているが(一五条三項、四項、四四条但書など)、平等選挙の原則の一般的平等原則に対する規範的特質は、次のとおりである。

(一) 封建的身分制度に対する近代市民階級の抵抗と闘争の成果として、自由権が生まれ育つた。そのジヤンルにあつて実質的な平等の保障を目指す一般平等原則が「等しいものは、等しく、異なるものは、異なつて」取り扱うこと、すなわち合理的な差別を是認するのは、このような歴史的背景に照らしてこそ理解することができる。

他方、「平等選挙」原則は、合理的差別を理由に制度化された不平等選挙に対する無産大衆の抵抗と闘争の成果として確立されたものであり、いわゆる制限選挙によつて「制度的に」国政への参加から排除されてきた無産大衆に対して、参政権を国法上保障する役割を担つて登場したものである。したがつてそれは、一般平等原則の下において要請される「合理的差別」をすべて拒否する使命を有し、形式主義に徹するところにこそ、その真髄がある。「各選挙人の投票は、否定すべからざる個々の国民の事実上の相違にかかわらず、その政治的事情、洞察力、判断能力を顧慮することなく、また、その社会的評価の相違にも関係なく、原理的に平等に評価されなければならないのである」と説かれるように、「平等のラジカルな普遍化」による「形式的平等」こそが、「平等選挙」原則の規範的特質そのものなのである。

この点について、アメリカ合衆国最高裁判所がその判決について「等しい人口に同数の代表を連邦下院の基本目標とすることが連邦憲法の明白な目的である。」(ウエスベリー対サンダーズ判決)とし、また、ドイツ連邦共和国憲法裁判所がその判決において、「基本法の自由かつ民主的な基本秩序にとつて、選挙権の行使に際してすべての国民を平等に評価することは、国家秩序の本質的基礎の一つである。」(BVerfGE6, 91;11, 36)としているのは、このような基本的な認識に立つていることを示すものということができる。

「平等選挙」原則の右のような規範的特質は、当然のことながら、立法裁量の範囲についての厳格さを要請するが、最高裁判所大法廷判決においては、「平等選挙」原則と一般平等原則との原理上の相違が看過されているように見受けられる。すなわち、そこでは、選挙権に関する平等を「国民はすべて政治的価値において平等であるべきであるとする徹底した平等化を志向するもの」(昭和五一年四月一四日最高裁判所大法廷判決・民集三〇巻三号二二三頁。以下「五一年判決」という。)と説きながら、議員定数の配分に際して立法府が考慮すべき事項について、いわゆる非人口的要素をほとんど無制限に近く認める傾向にすらある。しかし、これでは、右の両者の相違は、せいぜい、単に量的な徹底度の差として把握されるにとどまり、その間の質的な相違に及ぶところのないことになり不当であるといわざるを得ない。

(二) 最高裁判所は、現行制度の下における「投票価値」をいわゆる「結果価値」と捉えている。しかし、現行制度は多数選挙制であるから、そこで「投票価値」を「各投票が選挙の結果に及ぼす影響力」と説くことには問題がある。

なるほど、議員定数の配分に不均衡がある場合、当選候補者に投じられた票の「結果価値」について、選挙区相互間に不平等が生じることは見易いところではある。しかし、当選のために必要とされる比較多数が選挙区ごとに異なるのは、立候補者の数、選挙人の数などの要因にもよる。したがつて、そこに生じる「結果価値」の不平等は、議員定数配分の不均衡そのものに起因するものではなく、むしろ比較多数を獲得した候補者を当選者とするという多数選挙のシステム構造から必然的に派生するものと考えられるべきである。このことは、議員定数が理想的に配分された多数選挙の場合にも「結果価値」の平等が達成される保障のないことを想起すれば、十分であろう。

平等選挙の原則は、第一に、各選挙人は他の選挙人と同数の票を投じ得ることを、第二に、各票は他の票と等しい能力をもつものであることを要請する。前者が選挙権の「数的平等」であり、後者が「投票価値の平等」である。そして、「投票価値の平等」における「等しい能力」をもつこととは、「票の重さ」がその「数的価値」又は「結果価値」において差別されないことを意味する。更に、その「投票価値」が「数的価値」として作用するか、「結果価値」として作用するかの具体的な態様は、その選挙システムが多数選挙であるか、あるいは比例選挙であるかによつて定まり、その相互関係は構造的必然であつて、その結合を恣意的に改変することはできないと説かれている。

「比例選挙」制度は、死票の存在を認めず、すべての票に「結果価値」の平等を保障する(なお、比例代表選挙の実際においては、少数得票の政党等が当選から除外される場合、すなわち、いわゆる「足切り」制が採用される場合があるが、ここではこの点を捨象して論を進める。)。他方、「多数選挙」制度は、当選候補者に投じられた票のみが意図された「結果」に到達できるのであり、すべての票に平等な「結果価値」は、選挙システムの構造上、存在の余地がないものといわなければならない。

要するに、比例選挙制度においては、「数的価値の平等」のほかに各票の「結果価値の平等」が要求されるが、多数選挙制度においては各票の「数的価値の平等」のみで十分であるといえる。

7  形式的平等を指導理念とする「平等選挙」原則においては、人口的要素だけを考慮すべき要素とすることが許されるにすぎないものと解すべきである。したがつて、国会議員の定数配分を律するに当たつては、立法府の裁量は狭い範囲に限定されるべきである。

前記五一年判決、六〇年判決及び昭和五八年四月二七日最高裁判所大法廷判決・民集三七巻三号三四五頁(以下「五八年判決」という。)における非人口的要素への配慮は、選挙の場面においても、一般的平等原則の指導理念である相対的平等、実質的平等を採り入れた結果生じたものであり、その不当性は厳しく批判されなければならない。

思うに、わが憲法は主権在民による代議制民主国家観に基づいて制定されたものであるから、右の理は厳格に貫かれるべきものであつて、たとえ「人口比例」もしくは「一票等価」の原則を直接に指示する明文が存在しなくても、これを排除する趣旨の明文が存在しない以上、この原則が当然に妥当し、それこそが国会議員の定数配分を律すべき基準とされなければならない。

なるほどわが憲法は、その四三条、四七条において、国会議員の選挙に関する諸事項の決定を国会に委ねる旨を規定している。これは、立法府に対して国会議員選挙の執行法律の制定を義務づけたもので、一見、立法府に何らの拘束も課すことなく広汎な裁量の自由を保障するもののように解されないでもない。しかし、その規定の内容は、実に主権原理に直結する国会議員選挙のそれであるから、憲法の規範的要請、とりわけ選挙に関する諸原則に具体的な形象を与える権限が付与されているにすぎず、したがつて、いわゆる立法裁量はその枠内でのみ認められるにすぎないものと解さなければならない。これは、例えば複数投票、等級選挙などの制度が今やわが憲法上許容されないのと同理のものである。

昭和三九年二月二六日最高裁判所大法廷判決・民集一八巻二号二七〇頁(以下「三九年参議院事件判決」という。)は、「議員数を選挙区に配分する要素の主要なものは、選挙人の人口比率であることは否定できないところである」としながらも、考慮すべき非人口的要素として、参議院議員の三年ごとの半数改選制をはじめ、「選挙区の大小、歴史的沿革、行政区画、議員数の振分等の諸要素」を例示した。

五一年判決は、「投票価値の平等は、さきに例示した選挙制度のように明らかにこれに反するもの、その他憲法上正当な理由となりえないことが明らかな人種、信条、性別等による差別を除いては、原則として、国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないしは理由との関連において調和的に実現されるべきものと解さなければならない」とし、更に「選挙人の投票価値の不平等が、国会において通常考慮しうる諸般の要素をしんしやくしてもなお、一般的に合理性を有するものとはとうてい考えられない程度に達しているときは、もはや国会の合理的裁量の限界を超えているものと推定されるべき」であるとしている。

ここに述べられている考え方は、選挙立法中、議員定数の配分についても、「合理性」という基準に基づき、いわゆる「明白の原則」の適用を是認するものであり、ここでは、立法裁量の範囲は、結果的には一般平等原則の場合よりも広範なものであり得ることになる。

そして、五八年判決、六〇年判決いずれも、これと同様の立場に立つものといえるが、更に昭和五八年四月二七日最高裁判所大法廷判決・民集三七巻三号三四五頁(以下「五八年参議院事件判決」という。)にいたつては、「国会は、正当に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由をしんしやくして、その裁量により衆議院議員及び参議院議員それぞれについて選挙制度の仕組みを決定することができるのであつて、国会が具体的に定めたところのものがその裁量権の行使として合理性を是認しうるものである限り、それによつて右の投票価値が損われることになつても、やむをえないもの」とすらいい切つている。

しかし、すでに述べたとおり、平等選挙原則には一般平等原則におけるような「合理性」という基準の適用はなく、議員定数の配分における差別にはいわゆる「特別の正当化事由」を必要とすると考えなければならない。それは投票価値の平等、すなわち議員定数(議席)配分における「人口比例」もしくは「一票等価」が現代の代議制民主国家の存立にとつて不可欠の条件であり、もとより立法府もこれを侵すことは許されないものであることによるものである。したがつて、ここでの憲法適否の判断には「明白の原則」に代えて、「厳格な合理性」の基準が妥当することになる。

投票価値の平等がわが憲法の要請するところと説きながら、その実、いわゆる立法裁量に藉口して投票価値の平等が損われてもやむをえないと高言するなどは、およそ憲法規範上の価値観に混乱を生じているのか、または羊頭を掲げて狗肉を売るかのいずれかに等しいものといわざるを得ず、畢竟、司法判断の回避にほかならない。われわれが最高裁判所大法廷判例の再検討が必要であると主張する所以である。

8  ところで、裁判所が憲法判断をするに当つては、多かれ少かれ立法府の裁量を認める必要があるが、立法裁量の広狭は違憲審査の争点となつている権利・自由の性質によるところが大きい。

「もちろん立法裁量の問題は、権利・自由の性質という観点だけから考えるべきではなく、関係する憲法規定の趣旨やそれを具体化した法律の趣旨などを考慮しなければならない。しかし結局、精神的自由か、経済的自由か、あるいは社会権・参政権かまたは平等権か、平等権といつても何についての平等が争われているのか、といつたような権利・自由の性質が最も大きく問題になるのではないか、と思われる。

合衆国の判例(Landmark Communication Inc.v. Virginia, 435 U.S. 829, 843〔1978〕)では、『立法府の事実認定に対する尊敬は、修正一条の権利が問われている場合には、司法審査を制約することはできない』と説かれている。それは言論表現の自由や信教の自由の規制立法については、立法裁量論は原則として妥当しないという意味であるが、この考えはわが国の場合も当然当てはまる。しかも、その趣旨は、平等原則が争点となる場合でもほぼ同じであるから、いわゆる『合理的差別』にいう合理性も、経済的自由をめぐる事件の場合は、広い立法裁量が認められるが、選挙権の平等問題が問われるときは、立法裁量は狭く限定されるので厳格な司法審査が行われなければならない。また、経済的自由の違憲審査の基準がただ一律に合理性の基準という形でなしに、それが、小売市場判決(昭和四七年一一月二二日最高裁判所大法廷判決・刑集二六巻九号五八六頁)では立法裁量を広く認める『明白の原則』、薬事法判決(昭和五〇年四月三〇日最高裁判所大法廷判決・民集二九巻四号五七二頁)では立法裁量をしぼつた『厳格な合理性』の基準というように規制の目的・態様によつて区別されて用いられるようになつたことと対応して、平等原則が問われる事件の場合も、権利・自由の性質、規制の目的・態様によつて、立法裁量の幅は当然に異なることになる。したがつて、この領域でも、立法裁量を狭くしぼる『厳格な合理性』の基準を用いる必要のあるケースは少なくないと思われる。」

「定数不均衡訴訟の投票価値の平等の判断についても判例理論は立法裁量を広く認めすぎている。衆議院定数配分を違憲とした五一年判決は画期的と評されたが、この判決は人口比例原則を最も重要かつ基本的な基準だとしながら、他方で非人口的要素にきわめて大きな役割を認め、その後の判例に重大な問題を残した判決であることを見逃してはならない。五八年参議院事件判決が、参議院の特殊性を強調するとともに、選挙制度の仕組みをどう決定するかは、国会の極めて広い裁量に委ねられているとして、裁量権の合理的な行使の結果、投票価値の平等が損なわれることになつてもやむを得ないという判断を示したのは、五一年判決の立法裁量論に問題があつたからである。」

右は、芦部信喜教授が昭和六一年の日本公法学会の研究報告において「憲法判例理論の変遷と問題点」と題して述べられたところであるが、本件における違憲審査にとつて著しく示唆に富むものである。

9  本件において最も肝要な事項は、憲法原則としての「平等選挙」という観点から、昭和六一年法改正にかかる本件定数配分規定を、厳しく見据えることである。

そして、本件についての違憲判断の基準は立法(法改正)時における場合とそれ以外の場合とに分けて考えるべきである。

立法(法改正)時における違憲判断の基準は、すでに前記5において述べた「取り分制約」を満たし、かつ、「不可逆転」の原則が守られているかどうかでなければならない。そしてその不遵守は、特別の正当事由が国側、すなわち本件では被告側において立証した場合に限定して是認されるべきものである。

なお、立法(法改正)時ではない場合における違憲判断の基準は、「取り分制約」が満たされていること、その不遵守は、前記の場合と同様であるというに尽きる。

この違憲判断の基準は大(中)選挙区制を採用した以上、当然に守られなければならない議員定数(議席)配分に関する憲法上の要請の具体化にすぎず、選挙区の設定に関する立法府の裁量に関するものではない。したがつて、ここでの立法府の裁量は、各選挙区への議員定数の配分について、まず都道府県への割当てを行つた後に選挙区への配分を行うかとか、その際、例えば最大剰余法によるか、はたまた過半剰余法によるかというような右の二つの条件を踏まえた上での具体的な配分方式の選択にのみ認められるにすぎないものである。

更に、かりにそうでないとしても、非人口的な要素と呼ばれるものの一つ一つについての具体的な吟味を経ることなしに、この問題に決着をつけることは許されないところである。

10  そもそも法律の違憲性という要件事実に結びつく「無効」という法律効果の内容は、論理演繹的な必然性をもつて一義的に与えられるものではない。したがつて、違憲の法律が、ある場合には憲法抵触の当初から無効とされ、また他の場合には将来に向かつて無効とされると解しても、不都合は生じない。けだし、ここでは、憲法抵触がいかにすれば適切に治癒されるかという観点からの考究こそが必要であり、違憲の態様に応じた内容を「無効」に盛ることが考えられるべきだからである。

本件事案においても、衆議院議員の定数配分規定の憲法抵触という事態が立法府と司法府との、いわば協働によつて、最終的には除去できるという現実的な対応が無効の「内容」にもられるべきものと思われる。この司法府に固有の現実的な対応という要請は、違憲の法律の「当初」無効原則を打破し、違憲判決の新形式を生み出す必然性を持つているように思われる。とりわけ、議員定数配分規定については、あくまでも立法府に対する憲法の優位性を貫きながら、なおかつ、立法府の法改正の意欲を高める手法の発見が急務である。そこで、明白な違憲性にもかかわらず、立法府の立法準備のため必要な期間の経過するまでの間、違憲の法律に基づいて行なわれた本件選挙の無効宣言の効力を停止させることなどによる新工夫は、現行法制下においても、可能であると考える。

11  権利を規制する法は、それを支える立法事実(法律を制定する場合の基礎を形成し、かつ、その合理性を支える一般的事実、すなわち社会的、経済的、政治的若しくは科学的な事実)を欠くとき、違憲の評価を受けるべきである。しかるに、被告は、昭和六一年の公選法改正による選挙権の規制について、それを支える立法事実の存在について主張立証をしていない。

12  よつて、違憲の本件定数配分規定に基づく本件選挙は無効であるから、本件選挙の東京三区における選挙を無効とする旨の判決を求める。

二  被告の本案前の主張

公選法に定める衆議院の議員定数配分規定の違憲無効を理由とする選挙無効の訴えは、公選法二〇四条の予定するところではなく、そのような訴えのための実定法規が制定されていない現行法制の下においては、本件訴えは、不適法として却下されるべきである。(その主張の詳細は、別紙被告の主張(一)記載のとおりである。)。

三  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。

2  同4ないし12は争う。但し、同5のうち、昭和六〇年一〇月実施の国勢調査の速報値による最大較差が一対二・九九であることは認める。

3  本件定数配分規定は何ら憲法に違反するものではなく、したがつて、同規定に基づき昭和六一年七月六日に施行された本件選挙が無効とされる余地はない(その主張の詳細は、別紙被告の主張(二)、(三)記載のとおりである。)。

第三証拠関係〈省略〉

理由

第一被告の本案前の主張について

一  原告が昭和六一年七月六日に行われた本件選挙の東京三区における選挙人であること、本件選挙が本件定数配分規定に基づいて行われたものであることは当事者間に争いがない。

原告は、本件選挙当時議員一人当たり選挙人数の較差の最大は一対二・九九に至つており、多くの選挙区間においていわゆる逆転現象を生じていたので、本件定数配分規定は憲法一四条、一五条、四四条等に違反して無効であり、したがつてこれに基づく本件選挙も無効であると主張し、東京三区における選挙無効を公選法二〇四条によつて求めるものであるところ、本件訴えが、同条所定の選挙の日から三〇日の期間内に提起されたものであることは、本件記録上明らかである。

二  しかるところ、被告は本件訴えは不適法であると主張するので、右主張について判断する。

選挙権は代表民主制を支える国民固有の権利であり、政治的平等は憲法の強く要請するものであるから、選挙における法律違反の瑕疵については公選法二〇四条の選挙の効力に関する訴訟によつて主張することができるのに、より一層重要な憲法違反の瑕疵を主張することができる方法がないとすることは不合理である。したがつて、議員定数配分規定そのものの違憲を理由とする選挙の効力に関する訴訟(以下「定数訴訟」という。)は、右公選法二〇四条の規定に基づいてこれを提起することができるものと解すべきである。

定数訴訟の適法性を肯認することは、最高裁判所の判例とするところであり(五一年判決、五八年判決、六〇年判決等)、これと別異に解すべき理由はない。

よつて、被告の本案前の主張は採用することができない。

第二本案について

一1  請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

2  本件定数配分規定の下において、昭和六〇年国勢調査(昭和六〇年一〇月一日実施)の人口速報値による議員一人当たりの人口の最大較差(長野三区と神奈川四区)が一対二・九九であることは当事者間に争いがない。

3  成立に争いのない乙第一三号証によれば、本件定数配分規定の下において、昭和六〇年国勢調査確定人口による衆議院の選挙区別の人口、定数、議員一人当たりの人口は、別表(衆議院の選挙区別人口・定数・議員一人当たり人口)記載のとおりであり、これによれば最大較差(長野三区と神奈川四区)が一対二・九九三であることが認められる。

また、同号証によれば、議員定数が三人で最も人口の多い選挙区である広島一区に対して逆転区は五八区あり、議員定数が四人で最も人口の多い選挙区である神奈川四区に対して逆転区は三七区あることが明らかである。

二  先ず、選挙権の平等と選挙制度に関する国会の裁量権について判断する。

1  憲法一四条一項の規定は、国会を構成する衆議院及び参議院の議員を選挙する国民固有の権利につき、選挙人資格における差別の禁止にとどまらず(四四条但書)、選挙権の内容の平等、換言すれば、議員の選出における各選挙人の投票の有する影響力の平等、すなわち投票価値の平等をも要求するものと解すべきであることは、最高裁判所の判例の趣旨とするところであり(五一年判決、五八年判決、六〇年判決)、これと別異に解すべき理由はない。

したがつて、衆議院及び参議院の議員の選挙区割及び議員定数の配分を決定するについては、選挙人数と配分議員数との比率の平等が最も重要かつ基本的な基準であるというべきである。

2  しかしながら、議会制民主主義の下における選挙制度は、国民の利害や意見を公正かつ効果的に国政に反映させることを目的としつつ、政治における安定の要請をも考慮しながら、それぞれの国の実情に即して決定されるべきものであり、普遍的に妥当する一定の形態が存在するというものではない。日本国憲法は、国会の両議院の議員を選挙する制度の仕組みの具体的決定を原則として国会の裁量にゆだねているのであるから(四三条、四七条)、投票価値の平等は、憲法上、右選挙制度の決定のための唯一、絶対の基準となるものではなく、原則として、国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないしは理由との関連において調和的に実現されるべきものと解すべきであり、国会が定めた具体的な選挙制度の仕組みの下において投票価値の不平等が存する場合において、それが憲法上の投票価値の平等の要求に反しないかどうかを判定するには、憲法上の投票価値の平等の要求と選挙制度の目的とに照らし、右不平等が国会の裁量権の行使として合理性を是認しうる範囲内にとどまるものであるか否かについて検討すべきである。

ところで、わが国において衆議院議員の選挙の制度について、公選法がその制定以来いわゆる中選挙区単記投票制を採用してきたのは、候補者と地域住民との密接な関係を考慮し、また、原則として選挙人の多数の意思の反映を確保しながら、少数者の意思を代表する議員の選出をも可能ならしめようとする趣旨に出たものである。このような制度の下において、選挙区割と議員定数の配分を決定するについては、前記のとおり、選挙人数と配分議員数との比率の平等が最も重要かつ基本的な基準であるが、それ以外にも考慮されるべき要因としては、従来の選挙の実績や、選挙区としてのまとまり具合、都道府県、市町村等の行政区画、地形、面積の大小、人口密度、住民構成、交通事情等の地理的状況等諸般の事情が存在するのみならず、人口の急激な都市集中化、特定の地域における人口過疎化の現象等の社会情勢の変化を選挙区割や議員定数の配分にどのように反映させるかということも考慮されるべき要因の一つである。このように、選挙区割と議員定数の配分の具体的決定には、極めて多種多様で、複雑微妙な政策的及び技術的考慮要因があり、これらをどのように考慮して具体的決定を反映させるべきかについては、厳密に一定された客観的基準が存在するわけのものではないから、議員定数配分規定の合憲性は、結局は、国会が具体的に定めたところがその裁量権の合理的行使として是認しうるか否かによつて決するほかはない。

このような見地に立つて考慮しても、具体的に決定された選挙区割と議員定数の配分の下における選挙人の投票の有する価値に不平等が存在し、あるいは公選法の制定又は改正後の人口の異動により右のような不平等が生じ、それが国会において通常考慮しうる諸般の要因を斟酌してもなお、一般的に合理性を有するものとは考えられない程度に達しているときは、右のような不平等は、もはや国会の合理的裁量の限界を超えているものと推定され、これを正当化すべき特別の理由が示されない限り、憲法違反と判断されざるをえないものというべきである。

以上は、最高裁判所の判例の趣旨とするところであり(五一年判決、五八年判決、六〇年判決)、これと別異に解すべき理由はない。

3  ところで、昭和六一年の公選法改正において、八選挙区の定員を各一名増員し、七選挙区の定員を各一名減員するとともに、三県において隣接選挙区の境界を変更することにより、選挙区間における議員一人当たりの人口の較差の是正が図られたことは当事者間に争いのないところ、右事実からも、選挙区割と選挙区への議員定数の配分との関係は、先ず選挙区割を行い次いで選挙区への議員定数を配分するというものではなく、相互に有機的かつ複雑微妙に関連し、一方の変動は他方に波及するものであることが明らかであるから、議員総定数の定め及び選挙区割については国会の裁量権の範囲は広いとしても、選挙区への議員定数の配分については国会の裁量権の範囲は厳格な人口比例原則に違反しない限度に限定されるべきであるとする主張ないし見解は、た易くこれを採用することができない。

また、議員定数の配分については、国会の裁量権は狭く、議員一人当たりの人口の較差についても約一対二以内にとどめられるべきであつて、非人口的要因は、それがいかに考慮に値いするものであつても、原則として右の一対二以上の較差を正当化することはできないこと、したがつてまた、厳格な人口比例の原則からの乖離がみられる場合には、合憲性の推定は妥当せず、公権力の側においてこれを正当化する特段の事由につき挙証責任を負うべきであり、司法府もまたこの点につき厳格な審査を行うべきものであるとする主張ないし見解がみられるが、厳格な人口比例の原則に一歩でも二歩でも近づけて選挙区割及び議員定数の配分を決定することの望ましいことはともかく、その決定に当たつては、右のほか更に加えて諸般の非人口的要因をも勘案考慮されるべきものであることはさきに説示したとおりであるから、前記の主張ないし見解は結局いずれもこれを採用し難いものというほかはない。

なお、昭和六一年の公選法改正は、衆議院に関しては、六〇年判決によつて違憲と宣言された旧定数配分規定に基づいて選出された議員によつて行われたものではあるが、六〇年判決は事情判決の法理により前回選挙を無効とはしなかつたのであるから、旧定数配分規定により選出された議員によつて構成された衆議院であつても、その立法上の裁量権が他の場合よりも特に狭く限定されるべき理由はない。

三  次に、本件定数配分規定の合憲性について判断する。

1  叙上の見地に立つて衆議院議員の選挙制度について検討するに、公選法は、いわゆる中選挙区単記投票制を採用し、その制定当時において、衆議院議員の定数を四六六人とし、全国を一一七の選挙区に分ち、これに三人ないし五人の議員を配分したこと、議員定数の配分を定めた制定当時の同法別表第一は、衆議院議員選挙法の一部を改正する法律(昭和二二年法律第四三号)による改正後の衆議院議員選挙法(大正一四年法律第四七号)の別表の定めをそのまま維持したものであること、右別表における選挙区割及び議員数は、昭和二一年四月実施の臨時統計調査に基づく人口を議員定数で除して得られる数約一五万人につき一人の議員を配分することとし、その他に都道府県、市町村等の行政区画、地理、地形等の諸般の事情が考慮されて定められたこと、右人口に基づく右制定当時の選挙区間における議員一人当たりの人口の較差は最大一対一・五一であつたことがその制定過程から明らかである。

2  その後、議員定数配分規定は、昭和二八年の奄美群島の本邦復帰及び昭和四五年の沖縄の本邦復帰に伴つて前者の地域に一人、後者の地域に五人の議員を配分する改正がなされたほか、昭和三九年(同年法律第一三二号、以下「昭和三九年改正法」という。)及び同五〇年(同年法律第六三号、以下「昭和五〇年改正法」という。)に選挙区間における議員一人当たりの人口につき生じた較差の是正を目的として一部の選挙区につき議員数の増加及びこれに伴う選挙区の分割が行われ、そのうち昭和三九年改正法による議員定数配分規定の改正においては、選挙区別議員一人当たりの人口数の較差をほぼ二倍以下にとどめることを目的として議員総数を一九名増員したが、昭和四七年一二月一〇日施行の衆議院議員選挙当時における選挙区別議員一人当たりの人口数の較差は約一対五に達していたのであり、また、昭和五〇年改正法による議員定数配分規定の改正においては、直近の昭和四五年一〇月実施の国勢調査による人口に基づく選挙区別議員一人当たりの人口の較差が最大一対四・八三に及んでいたのを是正するため、議員総数を二〇名増員した結果、前記国勢調査による人口を基準とする右較差は最大一対二・九二に縮小することになつたが、昭和五五年六月二二日施行の衆議院議員選挙当時には選挙区別議員一人当たりの選挙人数の較差は最大一対三・九四に達しており、更に、昭和五八年一二月一八日施行の衆議院議員選挙当時には、右較差は最大一対四・四〇に拡大するに至つていた。以上は、五一年判決、五八年判決及び六〇年判決の判示するところである。

右のような公選法の改正の経緯を踏まえ、五八年判決及び六〇年判決は、昭和五〇年法改正による改正の結果、従前の議員定数配分規定の下における投票価値の不平等状態は一応解消されたものと評価することができるものというべきであるが、その後、昭和五五年六月二二日の衆議院議員選挙当時における前記一対三・九四の較差は選挙権の平等の要求に反する程度に至つていたものと判断したのであり、五八年判決は、憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかつたものと断定することは困難であるとの理由で昭和五五年六月当時の議員定数配分規定を憲法に違反するものと断定することはできないとしたのに対し、六〇年判決は昭和五八年一二月一八日当時の旧定数配分規定を憲法に違反するものと断定したのである。

3  そこで、昭和六一年の公選法の改正の経緯についてみるに、成立に争いのない乙第一ないし第五号証、第七号証、第九ないし第一二号証によれば、次の事実が認められる。

(一) 五八年判決において、昭和五五年六月二二日の衆議院議員選挙当時の議員一人当たりの最大較差一対三・九四は憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至つていたものと判断されたことに対応して、新自由クラブが、昭和五八年一一月に、定数配分を全面的に見直し、最大較差を一・五倍以内とする是正案を公表したほか、昭和五九年三月には、日本社会党(以下(社会党」という。)、公明党、民社党、日本共産党(以下「共産党」という。)が、それぞれ定数是正案を公表した。是正後の最大較差は、社会党案では二・五倍以内、民社党案では二倍程度、公明党案及び共産党案では二倍以内とされていた。自由民主党(以下「自民党」という。)においては、同年二月に選挙制度調査会の下にプロジエクトチームを設け、同年六月、いわゆる六増六減案(六選挙区で定数を各一人増員し、六選挙区で定数を各一人減員するものとする。)を適当とする旨の報告をとりまとめ、選挙制度調査会に報告したが、党としての最終結論を得るには至らなかつた。

(二) 昭和五九年一二月に招集された第一〇二回国会においては、自民党及び野党四党(社会党、公明党、民社党、社会民主連合)から、それぞれ定数是正法案が提出された。自民党の六増六減案は、〈1〉議員総定数は五一一名を維持すること、〈2〉是正後の最大較差を三倍以内とすること、〈3〉選挙区の境界は変更しないこと、を原則として策定されたものであり、野党四党統一の定数是正法案は、六選挙区で各一人増員し、六選挙区で各一人減員する点において自民党案と骨格においては同様であるが、相違点は、自民党案によれば、減員の結果定数が二人となる四選挙区についてそのまま二人区として認めるのに対して、野党四党案では、二人区の採用は小選挙区制の導入に連なるので二人区を設けるべきではないとの見解に基づいて、減員の結果二人区となる四選挙区については、隣接の選挙区と合区あるいは境界変更を行い、二人区は設けず、中選挙区制としてわが国に定着してきた一選挙区の定数三人ないし五人の原則を維持しようとすることにあつた。

右両法案については、審議が開始されたが、いずれも次国会に継続審議されることとなり、第一〇二回国会は昭和六〇年六月二五日閉会した。

(三) その直後の昭和六〇年七月一七日、六〇年判決が言い渡され、旧定数配分規定は違憲であると断定されたため、定数是正問題は国会にとつて緊急課題となつた。第一〇三回臨時国会は、同年一〇月一四日に招集されたが、与野党の意見は依然として平行線をたどり、合意成立に至らなかつたため、同年一二月一九日、衆議院議長坂田道太は、「昭和六〇年国勢調査の速報値に基づき、来る通常国会において、次の原則に基づき、速やかに成立を期するものとする。

〈1〉 現行の議員総数五一一名は変更しないものとすること。

〈2〉 選挙区別議員一人当たり人口の較差は一対三以内とすること。

〈3〉 小選挙区制はとらないものとすること。

〈4〉 昭和六〇年国勢調査の確定値が公表された段階において、速報値に基づく定数是正措置の見直しをし、更に抜本的改正を図ることとする。」

との見解を示し、翌二〇日、衆議院公職選挙法改正に関する調査特別委員会及び衆議院本会議は、「本問題の重要性と緊急性にかんがみ、次期国会において速やかに選挙区別定数是正の実現を期するものとする」旨の決議をして、同月二一日、第一〇三回国会は閉会した。

(四) 第一〇四回通常国会は、第一〇三回臨時国会閉会の三日後の昭和六〇年一二月二四日に招集されたが、同日、昭和六〇年国勢調査(同年一〇月一日実施)の速報値が公表された。右速報値によれば、選挙区別議員一人当たりの最大較差は、昭和五五年国勢調査の際の一対四・五四倍から一対五・一二倍へと拡大し、六増六減方式と同様増減同数で較差を三倍以内とするためには、九選挙区で一〇人増(千葉四区については二人増)、一〇選挙区で一〇人減の一〇増一〇減を行うことが必要となつた。昭和六一年一月二七日、共産党から定数是正法案が国会に提出され、その内容の骨子は、〈1〉一選挙区の定数三人ないし五人の中選挙区制を維持する、〈2〉選挙区間の最大較差を二倍未満とする、〈3〉総定数は五一一名のままとする、との三原則に基づき、昭和六〇年国勢調査の速報値を基準として定数を配分し、具体的には、二三選挙区で三二人増員し、三一区で三二人減員するとともに、増員の結果定数六人以上となる選挙区は分区し、減員の結果定数三人未満となる選挙区は合区又は境界変更を行うとするものである。

その後、自民党、社会党、公明党、民社党及び社会民主連合の五党から調停を要請された坂田衆議院議長は、昭和六一年五月八日、「今回の定数是正に際し、二人区の解消に努める旨の与野党間の合意の趣旨を尊重し、それを実現するため各党の主張を勘案した結果、減員によつて二人区となる選挙区のうち和歌山二区、愛媛三区及び大分二区については、隣接区との境界変更により二人区を解消することとする。この場合、減員は七選挙区となり、総定数を変えないときは、増員は七選挙区となるべきところであるが、今回の定数是正の中心課題である較差三対一以内に縮小しなければならない要請にこたえるため今回は特に八選挙区において増員を行うことも己むを得ないものと考える。しかしながら、抜本改正の際には、二人区の解消とともに総定数の見直しを必ず行うものとする。」などを内容とする議長調停を提示し、これをもとに人口比例上の平等が最も重要かつ基本的な基準であるとの考え方に立脚しつつ、中選挙区単記投票制の維持、選挙区割その他前記第二、二、2掲記の如き諸般の非人口的要因をも勘案考慮して法案化の検討、作業が行われた結果、同年五月一六日、公職選挙法改正に関する調査特別委員会において右議長調停のとおりに委員会提出の法律案とすることが決せられ、同月二一日、衆議院本会議において、賛成多数により可決された(参議院本会議における可決は同月二二日)。その際、右衆議院本会議において、更に次の決議がなされた。

「選挙権の平等の確保は議会制民主政治の基本であり、選挙区別議員定数の適正な配分については、憲法の精神に則り常に配慮されなければならない。

今回の衆議院議員の定数是正は、違憲とされた現行規定を早急に改正するための暫定措置であり、昭和六〇年国勢調査の確定人口の公表をまつて、速やかにその抜本改正の検討を行うものとする。

抜本改正に際しては、二人区・六人区の解消並びに議員総定数及び選挙区画の見直しを行い、併せて、過疎・過密等地域の実情に配慮した定数の配分を期するものとする。

右決議する。」

4  ところで、憲法一四条一項の規定は投票価値の平等をも要求するものと解すべきであり、国会議員の選挙区割と議員定数の配分を決定するについては、選挙人数(人口にほぼ比例するものと推認される。)と配分議員数との比率が最も重要かつ基本的な基準であるというべきであるが、人口以外の諸般の要因をも考慮することが排除されるべきものではなく、これらの要因をどのように考慮して具体的決定に反映させるかについては客観的基準が存在するものでもないから、議員定数配分規定の合憲性は、結局は、国会が具体的に定めたところがその裁量権の合理的行使として是認されるか否かによつて決するほかはないというべきところ、五八年判決及び六〇年判決の趣旨、内容を踏まえた前記昭和六一年の公選法改正の経緯、殊に昭和六〇年国勢調査の確定人口の公表をまつて速やかに抜本改正の検討をする旨の前記衆議院本会議決議の趣旨をも総合して判断すると、その後の人口の異動により本件選挙当時においては、本件定数配分規定による定数配分は憲法の選挙権平等の要求に反する不合理なものであるというべき状態に極めて近接していたものとみられる余地があるものの、右定数配分の定めはいまだ国会に許容される裁量権の限界を超えるに至つていたものとまでは断定することができない。

また、いわゆる逆転現象については、これをもつて単に各選挙区間の議員定数の配分上の均衡の問題にすぎないものとみることはできず、これもまた選挙権平等の要求にかかわる問題として検討されるべきものであり、各選挙区間において顕著に右の現象がみられるにいたつた場合には、人口比例の原則にも照らし、これを正当化すべき特別の理由がない限り、国会において可及的速やかに是正措置を講ずることが望ましいものというべきである。しかしながら、逆転現象がいかなる程度に達すれば議員定数配分規定が全体として憲法の選挙権平等の要求に反する不合理なものとなるとみるべきかについては、必ずしも客観的に明白な判断基準がないこと、人口の異動に対応して逆転現象を是正するため議員定数配分規定をしばしば更正することは制度上必ずしも相当ではなく、実際上も困難であること、逆転現象は選挙区割及び議員定数の配分の決定ないしそれによつて生ずる較差と密接に関連する事柄であるが、本件においては前叙のとおり本件定数配分規定による較差がいまだ国会に許容される裁量権の限界を超えるにいたつているものとまでは断定し難いこと、前記のとおり本件定数配分規定については速やかに抜本改正を検討することが衆議院本会議において決議されていることなど前記昭和六一年の公選法改正の経緯を総合して判断すると、前記第二、一、3のとおり逆転現象が相当数の選挙区についてみられたとしても、その早期是正が望まれることはともかく、これをもつて直ちに投票価値の不平等が、国会において通常考慮しうる諸般の要因を斟酌してもなお、一般的に合理性を有するものとは到底考えられない程度に達しているものとみることはできない(昭和五八年四月二七日最高裁判所大法廷判決・民集三七巻三号三四五頁、昭和六一年三月二七日最高裁判所第二小法廷判決・裁判集民事一四七号四三一頁参照)。

5  以上の次第で、本件議員定数配分規定の是正問題は、本件選挙当時においては国会に許容される裁量権の限界を超えるに至つたものとまでは断定することはできず、したがつて、本件議員定数配分規定の下に執行された本件選挙をもつて違憲であり無効であるとすることはできない。

四  よつて、原告の本件請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中村修三 山中紀行 篠田省二)

別紙 表(1)~(8)及び当者者目録〈省略〉

被告の主張(一)

第一はじめに

定数訴訟が許されるか否かについては、既に、最高裁昭和五一年四月一四日大法廷判決(民集三〇巻三号二二三ページ、以下「五一年判決」という。)は、「(公選法二〇四条の選挙の効力に関する)訴訟は、(中略)同法自体を改正しなければ適法に選挙を行うことができないような場合を予期するものでなく、したがつて、右訴訟において議員定数配分規定そのものの違憲を理由として選挙の効力を争うことはできないのではないか、との疑いがないではない。」としながらも、「しかし、右の訴訟は、現行法上選挙人が選挙の適否を争うことのできる唯一の訴訟であり、これを措いては他に訴訟上公選法の違憲を主張してその是正を求める機会はないのである。およそ国民の基本的権利を侵害する国権行為に対しては、できるだけその是正、救済の途が開かれるべきであるという憲法上の要請に照らして考えるときは、前記公選法の規定が、その定める訴訟において同法の議員定数配分規定が選挙の平等に違反することを殊更に排除する趣旨であるとすることは、決して当を得た解釈ということはできない。」として定数訴訟は許容される旨判示している。そして、その後の最高裁昭和五八年一一月七日大法廷判決(民集三七巻九号一二四三ページ)及び最高裁昭和六〇年七月一七日大法廷判決(民集三九巻五号一一〇〇ページ)の各判示内容も五一年判決と同趣旨である。しかしながら、右各最高裁判決の判示は、法創造的、政策的な解釈であり、法理的には極めて無理な法解釈を含んでおり、当然是正されるべきものであると考える。被告は、定数訴訟は現行法上不適法であるとの主張が前記各最高裁判決等の裁判例において採用されるに至つていないことを承知しているところであるが、以下において詳述するとおり、前記各最高裁判決の判示は現行法の法解釈からは当然是正されるべきものと考え、本訴訟においても、定数訴訟は不適法であると主張するものである。

第二定数訴訟の適法性について

一 公選法の「選挙訴訟」の法的意義

選挙の効力に関する訴訟(公選法二〇三条ないし二〇五条)は、選挙の管理執行機関の公選法規に適合しない行為を是正し、選挙の執行の公正の維持を目的とする典型的な民衆訴訟と解される(行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)五条参照。)。いうまでもなく、民衆訴訟は、法律上の争訟に該当せず、法律により特に裁判所の権限として定められた訴訟である(裁判所法三条一項、行訴法四二条)。したがつて、公選法上の選挙の効力に関する訴訟は、公選法二〇三条以下の規定に従い、同法所定の範囲内においてのみ訴えを提起することができるのであり、右の範囲外の事項に関しては、訴訟で争うことは禁じられることになる。

二 本件訴訟の公選法上の問題点

1 右のように、公選法の予定する衆議院議員選挙の効力に関する訴訟は、同法二〇四条による場合のみであつて、現行法制の下においては、同条以外の方法による選挙訴訟の提起は許されていないのである。このことや、同法二〇五条、一〇九条及び三四条の各規定並びに同法二一九条一項において行訴訟三一条の規定を準用しないこととしている点にかんがみれば、同法の予定する選挙訴訟は、当該選挙を管理執行する選挙管理委員会が選挙の規定に適合しない行為をし、それが選挙の結果に異動を及ぼすおそれがある場合に、その是正のため当該選挙の効力を失わせ、改めて再選挙を義務付けるところにその本旨があるものと解される。したがつて、右訴訟で争い得る「選挙の規定に違反すること」(公選法二〇五条一項)も、当該選挙区の選挙管理委員会が選挙法規を正当に適用することにより、その違法を是正し、適法な再選挙を行いうるもの(当該選挙管理委員会の権限に属する事項の規定違反)に限られるのである。

そうすると、選挙管理委員会において自らこれを是正し、適法な再選挙を実施することができないような衆議院議員の議員定数配分規定自体の違憲を主張して本件総選挙の効力を争うことは、到底許されないものというべきである(五一年判決における天野武一裁判官の反対意見、田口精一・「議員定数の不均衡是正と選挙訴訟」法学研究五〇巻一号七七ページ)。

2 また、公選法二〇四条の訴訟によつて選挙が無効とされた場合の再選挙は、これを行うべき事由が生じた日から四〇日以内に行わなければならず(同法一〇九条四号、三四条一項)、しかも、再選挙の期日は少なくとも一五日前に告示しなければならないのである(同法三四条六項三号)。そこで、仮に、公選法に定められた衆議院議員の議員定数配分規定の違憲無効を理由として衆議院議員選挙が無効とされて再選挙を行う場合には、まず右配分規定の改正を行わなければならないことになる。しかし、右配分規定の是正は種々の政治的利害の対立を伴う極めて困難な問題であるから、わずか二五日間でその改正を行うことは事実上不可能である。結局、選挙管理委員会としては、同規定が立法府において改正されるまで再選挙を延期せざるを得ないこととなる。しかし、このように再選挙を延期するということになれば、前述のとおり、選挙管理委員会としては、公選法により、四〇日以内に再選挙を行う義務を負つているのであるから、右配分規定が違憲無効であるとした判決の拘束力(行訴訟四三条三項、四一条一項、三三条一項)に従う限り公選法一〇九条四号、三四条一項の規定に違反せざるを得ないことになる。逆に、右規定に従つて再選挙を実施しようとするときは、違憲無効な右配分規定に基づいて再選挙を行うことを余儀無くされ、判決の拘束力を無視せざるを得ないというジレンマに陥ることとなるのである。

なお、以上の点に関し、裁判所としては、仮に、議員定数配分規定が憲法に違反するとしても、その違反は「選挙の結果に異動を及ぼす虞」がないと判断せざるを得ない、とする見解(芦部信喜・憲法訴訟の理論二〇二ページ以下参照)がある。この見解は、前述したように公選法の法定期間内に再選挙を行うことが事実上不可能であることを重視し、これによつて生ずる「収拾すべからざる混乱」(最高裁昭和三九年二月五日大法廷判決・民集一八巻二号二七六ページの斎藤朔郎裁判官の意見)を回避すべきとして、提唱されているのであつて、正に、前記のようなジレンマを十分意識した上での議論というべきであろう。さらに、選挙無効判決の内容いかんによつては、憲法五六条一項所定の衆議院の定足数を充足することができない事態を惹き起こす可能性もあり、国権の最高機関たる国会の正常な運営が著しく阻害されることとなるのである(右大法廷判決の斎藤朔郎裁判官の意見、同昭和四一年五月三一日第三小法廷判決・裁判集民事八三号六二四ページ以下の田中二郎裁判官の意見参照)。

3 以上いずれの点から考えても、現行法制上、右のような違憲無効を主張して、選挙の効力を争う訴えは許されないというべきである。

五一年判決は、およそこの理を認めながら、公選法二〇四条の訴訟形式をかりた「選挙無効の訴え」を政策的判断によつて創設し、かかる訴訟の提起を許したものといわざるを得ない。しかしながら、以上のとおり、選挙法規の違憲無効を主張して選挙の効力を争う訴訟は、公選法二〇四条の定める訴訟の立法趣旨を逸脱するものであつて、法律が新たにこれを認める特別の争訟制度を設定しない限り、これを不適法な訴えとして却下するほかないのである。選挙制度の在り方という本来、政治の分野で解決すべき事項について、その是正が必要であるからといつて、そのために政策的判断により、訴訟手続を軽視するような立場は、法律に基づく裁判という法治主義の基本原則から逸脱することになり、司法に対する国民の真の期待と信頼に沿うものではない(田口精一・前掲論文参照)。三権分立の原理は、司法が新種の民衆訴訟を裁判によつて創造することを許すものではないのである(平賀健太「一人一票・一票同値(一)―――法の下の平等と法の支配」判例時報一〇二四号七ページ以下参照)。

第三おわりに

以上のとおり、公選法に定める衆議院議員の議員定数配分規定の違憲無効を理由とする選挙無効の訴えは、公選法二〇四条の予定するところではなく、そのような訴えのための実定法規が制定されていない現行法制の下では、本件訴えは、不適法として却下されるべきである。

被告の主張(二)

第一憲法上保障される選挙権平等の意味

一 憲法一四条一項、一五条一項、三項及び四四条ただし書の各規定からすると、憲法が平等選挙権を保障していることは明らかである。そして、各選挙人の投票の価値の平等もまた、憲法の要求するところであると解するのが最高裁判所の判例である(最高裁昭和五一年四月一四日大法廷判決・民集三〇巻三号二二三ページ(以下「五一年大法廷判決」という。)、同昭和五八年一一月七日大法廷判決・民集三七巻九号一二四三ページ(以下「五八年大法廷判決」という。)、同昭和六〇年七月一七日大法廷判決・民集三九巻五号一一〇〇ページ(以下「六〇年大法廷判決」という。))。

二 しかしながら、以下に述べるとおり、憲法が直接異なる選挙区間における投票価値の平等を要求し、議員定数の配分につき人口比例主義を原則としているとは、解されないのである。

すなわち、

1 一般に、平等選挙制とは、選挙人の投票数の平等を意味し、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産、収入等により選挙人の投票数に差別を設けてはならないとする制度をいい、わが憲法もその四四条ただし書で採用するところである。その結果、右制度に対応するいわゆる複数選挙制あるいは等級別選挙制は、平等選挙制に抵触するものとして排斥されてきたが、平等選挙制は、それ以上に投票の結果価値の平等、すなわち、投票による選挙の結果に及ぼす影響力の平等まで意味するものとは解されていなかつたのである。

2 そこで、次に、わが国の憲法上の選挙制度に関する諸規定について検討するに、前記一項に述べた憲法上の各規定からすると、前述のように憲法が1に述べた意味での平等選挙制を採用していることは明らかである。しかし、それ以上に、異なる選挙区間における投票価値の平等、すなわち、国会両議院の議員定数を選挙区別の選挙人の数に比例して配分しなければならないことを要求していると解すべき規定は、憲法上存在しないのである。かえつて、憲法は、両議院議員の各選挙制度の仕組みにつき、同法四四条ただし書において、両議院議員の被選挙人資格及び選挙人資格を「人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によつて差別してはならない。」と定めるほかは、同法四七条において、「選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める。」と規定し、右事項に関する具体的決定を国会の広範な裁量にゆだねている。このことは、以上のような憲法上の諸規定を受けて選挙制度の仕組みを具体的に規定している公選法が、地方議会の議員定数配分のみについては「各選挙区において選挙すべき地方公共団体の議会の議員の数は、人口に比例して、条例で定めなければならない。」(公選法一五条七項本文)と規定しているが、国会両議院の議員定数配分については人口比例主義を要求する規定を設けていないことからも窺われるところである。したがつて、以上のことからすると、国会がその具体的決定に当たり、異なる選挙区間における投票価値の平等、すなわち、人口比例主義をどの程度まで考慮するかは、専ら国会が独自に決定すべき立法政策上の問題というべきである。それゆえ、異なる選挙区間における投票価値の不平等が違憲の問題を生ずることはなく、国会は、選挙制度の仕組みの決定に当たり、正当に考慮することができる諸々の政策的目的ないし理由をもしんしやくした上で、その広範な裁量により両議院議員の各選挙制度の仕組みを具体的に決定するのであつて、その裁量権の行使として合理性を有する限り、国会の定めたものがたとえ異なる選挙区間における投票価値の平等、すなわち、人口比例主義が一定の制約を受ける結果になつたとしても、それは憲法自身の容認するところである。

3 この点につき、藤崎萬里裁判官は、昭和五二年七月一〇日施行の参議院議員選挙に関する最高裁昭和五八年四月二七日大法廷判決(民集三七巻三号三四五ページ)における反対意見の中で、「憲法一四条一項前段にはすべての国民が法の下に平等である旨の原則がうたわれているが、同条にもその他の憲法の条章にも、国会両議院の議員定数を選挙区別の選挙人の数に比例して配分すべきことを積極的に命ずる規定は存在しない。このような憲法の規定ぶりからすれば、私は、右のような議員定数の配分の仕方をすることは、法の下における平等という憲法の原則からいつて望ましいことであるが、それは望ましいというにとどまると解すべきものと考える。このようにあることが憲法の原則上望ましいということは、それが政治の努力目標とされるべきことを意味し、法の下における平等というような憲法の原則規定にあつては、このような綱領的側面のもつ意義を軽視してはならないと思う。しかしながら、他面、これを法律的な観点からみると、単にそうすることが望ましいというだけのことであれば、たとえそれが憲法の基本原則に由来することであつても、そこから違憲の問題を生ずることはないものといわなければならない。

最高裁昭和三八年(オ)第四二二号同三九年二月五日大法廷判決(民集一八巻二号二七〇ページ)は、その前段においては、憲法には議員定数を選挙区別の選挙人の数に比例して配分すべきことを積極的に命ずる規定は存在しないこと、右のような配分の仕方をすることが憲法の平等原則からいつて望ましいこと等、前述したところと同趣旨のことを述べているが、判示後段に至り、議員定数と人口との不均衡が当該事案における程度ではなお立法政策の当否の問題にとどまると述べ、不均衡がある程度以上になると違憲の問題を生ずるとするものであるかのような説示の仕方をしている。斎藤朔郎裁判官はその意見の中でこの点に疑念を表明しておられるが、私もこれに同感である。」と述べられているが、まことに正当な憲法解釈というべきである。

ちなみに、野村敬造教授も、衆議院議員選挙につき、一の選挙区において、有権者の投票が計算において平等に取り扱われれば充分であると考える。すなわち、一選挙区において、選挙人の投票が当該選挙区における候補者の当落という結果に影響するために平等な価値を持てば、投票における価値の平等は充分に保障される。日本国憲法の定める平等の原理が要請するのはここまでであり、それ以上に立ち入らないと思われる。」、「他の選挙区との比較において、投票の計算における平等はなんら要請されない。」(「選挙に関する憲法上の原則」憲法講座3一三七ページ以下)と述べられている。

以上のとおり、憲法が異なる選挙区間における投票価値の平等までをも要求して議員定数配分につき人口比例主義を原則としていると解することは、できないのである。

三 したがつて、原告らが、種々の理由により、異なる選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の較差のみをもつて本件議員定数配分規定を違憲・無効とし、これに基づく本件選挙が憲法の選挙権の平等の要求に反するとするのは、その立論の前提に誤りがあるといわなければならない。

第二議員定数配分に際しての国会の裁量性

一 はじめに

被告は、前項において、憲法上、異なる選挙区間における投票価値の平等まで要求されているものではない旨主張したが、本項以下においては、仮にそれが憲法上要求されるとしても、本件議員定数配分規定が国会の裁量権の合理的な行使として是認し得るものであることを主張する。

二 衆議院議員の選挙における選挙区割と議員定数配分に関する国会の裁量権

1 議会制民主主義の下においては、国政上国民の多様な利害や意見が公正かつ効率的に反映するよう国民代表の的確な選任が要請される一方、政治における安定をも要請されていることから、国民の代表たる議員の定数配分の決定は、単なる数字の操作のみで解決できない高度の政治的、技術的要素を多く含むものである。したがつて、議会制民主主義の下における選挙制度は、相互に矛盾する一面を有する右のような要請を考慮しながら、それぞれの国において、その国の事情に即して具体的に決定されるべきである。そして、国民代表の的確な選任という要請を満たす選挙制度の設定は、現代のような多元的社会においては、国民の政治的意思が、様々な思想的・世界観的対立、多種多様の利益集団の対立、都市部対農村部の対立等を通じて複雑かつ多様な形で現れるため、極めて多方面にわたる配慮を必要とするのである。さらに、政党政治の発達は、政党が現実に果している機能によつて国民代表の観念さえも著しく変質させてきており、その結果、国民代表の的確な選任の要請のもつ意味すら必ずしも明らかでなくなつてきている。他方、対外的には、世界情勢の複雑化、国内的には福祉国家体制の進展に伴い、国家の社会、経済への積極的関与の度合いが高まり、政治の効率的な運営のために政局の安定も強く要請されている。

このように、選挙制度は、国民の多様な利害や意見の公正かつ効率的な反映等国民代表の的確な選任、政局の安定という諸要請を、それぞれの国の政治状況に照らし、多種多様で複雑微妙な政策的及び技術的考慮の下に全体的、総合的見地から考察し、適切に調整した上で決定されるべきものである。

2 憲法は、以上のような理由から、前述したように国会両議院の議員の選挙については、議員の定数、選挙区、投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとし(四三条二項、四七条)、両議院の議員の各選挙制度の仕組みの具体的決定を、原則として国会の裁量にゆだねている。したがつて、投票価値の平等は、憲法上、右選挙制度の決定のための唯一、絶対の基準となるものではなく、原則として、国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものと解されている(前掲各大法廷判決参照)。

3 衆議院議員の定数配分の均衡の問題は、代表民主制下における選挙制度のあり方を前提とした国会の裁量権の範囲の問題としてとらえられるべきものであり、憲法の要請する平等原則も、具体的に決定された選挙区割と議員定数配分下における選挙人の投票価値の不平等が国会において、前述の選挙制度の目的に照らし、通常考慮し得る諸般の要素をしんしやくしてもなお、一般的に合理性を有するものとは到底考えられない程度に達しているか否かの問題であつて、もともと客親的基準になじまず、また、これが存しない分野である。

4 ところで、衆議院議員の選挙は、いわゆる中選挙区単記投票制が採用されている。この場合において、具体的にどのように選挙区を区分し、そのそれぞれに幾人の議員を配分するかを決定するについては、異なる選挙区間の投票価値の平等を憲法が要求していると解する以上、各選挙区間の選挙人数又は人口数と配分議員定数との比率の平等が最も重要かつ基本的な基準とされるのであるが、それ以外にも、国会が正当に考慮し得る要素は少なくないのである。五一年大法廷判決も、国会において実際上考慮され、かつ、考慮されてしかるべき要素について、「殊に、都道府県は、それが従来わが国の政治及び行政の実際において果たしてきた役割や、国民生活及び国民感情の上におけるその比重にかんがみ、選挙区割の基礎をなすものとして無視することのできない要素であり、また、これらの都道府県を更に細分するにあたつては、従来の選挙の実績や、選挙区としてのまとまり具合、市町村その他の行政区画、面積の大小、人口密度、住民構成、交通事情、地理的状況等諸般の要素を考慮し、配分されるべき議員数との関連を勘案しつつ、具体的な決定がされるものと考えられるのである。更にまた、社会の急激な変化や、その一つのあらわれとしての人口の都市集中化の現象などが生じた場合、これをどのように評価し、前述した政治における安定の要請をも考慮しながら、これを選挙区割や議員定数配分にどのように反映させるかも、国会における高度に政策的な考慮要素の一つであることを失わない。」と判示し、衆議院議員の選挙につき、選挙区割や議員定数配分を国会が決定する際に、極めて多種多様の要素を考慮し得るとし、国会に広範な立法裁量権を認めている。

5 そして、国会が具体的に決定した議員定数配分規定が、その裁量権の合理的な行使として是認されるかどうかを裁判所が判断するに当たつては、事の性質上、特に慎重であることを要し、限られた資料に基づき、限られた観点から、たやすくその決定の適否を判断すべきものではないことはいうまでもない(五一年大法廷判決参照)。

6 以上から明らかなとおり、具体的に決定された選挙区割と議員定数の配分下における選挙人の投票価値の不平等が、国会において通常考慮し得る前述のような諸要素をしんしやくしてもなお、一般的に合理性を有するものとは到底考えられない程度に達しているときに限り、右のような不平等は、国会の合理的裁量を超えているものと判断すべきものである。

第三本件議員定数配分規定の合憲性

一 本件選挙が依拠した本件議員定数配分規定は、前述のとおり、昭和六一年改正法により改正されたものである。それによれば、昭和六〇年一〇月実施の国勢調査(以下「国調」という。)の要計表(速報値)人口に基づく選挙区間における議員一人当たりの人口の較差(以下「定数較差」という。)は、最大一(長野県第三区)対二・九九(神奈川県第四区)であり、本件選挙時の選挙人数に基づく較差は、最大一(長野県第三区)対二・九二(神奈川県第四区)であつた。

被告は、本項において、本件選挙当時の右定数較差が示す選挙区間における投票価値の不平等の程度が、前述のような国会の裁量権の性質に照らすならば、国会において通常考慮し得る諸般の要素をしんしやくしてもなお一般的に合理性を有するものとは到底考えられない程度に達しているとはいえないことを主張するものである。

二 衆議院議員定数配分規定の改正経過

1 昭和六一年改正法までの経過

(一) 公選法制定当時の定数配分

公選法が制定された昭和二五年当時、衆議院議員の定数は同法四条一項(総議員数は四六六名であつた。)で、その選挙区割及び議員定数の配分は同法一三条一項、別表第一でそれぞれ規定されていたところ、その内容は、公選法の制定とともに廃止された衆議院議員選挙法の規定(ただし、昭和二二年法律第四三号による改正後のもの)を継承したものである。そして、衆議院議員選挙法の右改正では、議員定数の配分について、昭和二一年四月に実施された臨時人口調査の結果に基づいて定められ、それによれば、選挙区間の定数較差は最大一(愛媛県第一区)対一・五一(鹿児島県第二区)であつた。

(二) 昭和三九年法律第一三二号による定数是正

昭和三五年実施の国調により、定数較差が最大一(兵庫県第五区)対三・二一(東京都第六区)となつていることが明らかとなり、国会において種々論議がなされた後、昭和三九年の第四六回国会において、一二選挙区で一九人増員する定数是正法案が成立し、法律一三二号をもつて公布された。その結果、議員総定数は四八六人となり、定数較差の最大値は、昭和三五年国調人口で前記三・二一倍から愛知県第一区と兵庫県第五区との間の二・一九倍に縮小した。

(三) 昭和五〇年法律第六三号による定数是正(以下「昭和五〇年改正」という。)

昭和四五年に実施された国調により、定数較差が最大一(兵庫県第五区)対四・八三(大阪府第三区)に拡大していることが明らかとなり、再度、国会において定数是正が検討された後、昭和五〇年の第七五回国会において、一一選挙区で二〇人増員し、併せて六人以上となる選挙区を分区する定数是正法案が成立し、法律第六三号をもつて公布された。その結果、議員総定数は、沖縄復帰に伴う昭和四六年の改正による五人増を含めて五一一名となり、定数較差の最大値は、前記四・八三倍から東京都第七区と兵庫県第五区との間の二・九二倍にまで縮小した。

2 昭和六一年改正法の成立経緯

(一) 昭和五〇年改正により、昭和四五年国調人口による定数較差の最大値は前記のように二・九二倍に縮小したが、その後の人口異動により、再び較差は拡大していつた。すなわち、昭和五〇年に実施された国調人口による定数較差は、最大一(兵庫県第五区)対三・七二(千葉県第四区)となり、昭和五五年に実施された国調人口による定数較差は、最大一(兵庫県第五区)対四・五四(千葉県第四区)となり、更に、昭和五八年一二月一八日施行の総選挙時の定数較差(選挙人数比)は、最大一(兵庫県第五区)対四・四〇(千葉県第四区)となつていた。

(二) このような衆議院議員の各選挙区間の定数不均衡状態に対し、各党において、その是正は緊急かつ重要な課題であるとして、その検討に取り組んだ。しかし、定数是正問題は、選挙制度の根幹にかかわるものであり、また、改正に伴う影響も大きなものがあること等から、成案をとりまとめるまでに時日を要したものの、その検討の結果をふまえて、第一〇二回国会において、自民党及び野党四党(社会党、公明党、民社党、社民連)からそれぞれ定数是正法案が提出された。右各法案は、いずれも議員総定数五一一人を変更せず、較差を三倍以内にするため、定数較差の著しい選挙区について、その是正を行うとするものであり、右両法案の相違点は二人区の取扱いにあつた。

右両法案は、昭和六〇年六月二四日、衆議院本会議において、それぞれ提案者から趣旨説明が行われ、各党から質議が行われるとともに、衆議院公職選挙法改正に関する調査特別委員会(以下「調査特別委員会」という。)において提案理由説明が行われたが、会期との関係もあり、次国会に継続審議されることとなつた。

(三) ところで、最高裁判所は、まず、五八年大法廷判決で、昭和五五年施行の総選挙における定数較差の最大値が千葉県第四区と兵庫県第五区の間の三・九四倍(選挙人数比)に及んでいたことについて、「本件選挙当時の右投票価値の較差は、憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至つていた」と判示した(ただし、憲法上要求される合理的期間内における是正がなされなかつたものと断定することは困難であるとして、違憲とはしなかつた。)。続いて、第一〇二回国会終了後間もない昭和六〇年七月一七日の大法廷判決で、昭和五八年施行の総選挙における定数較差の最大値が千葉県第四区と兵庫県第五区の間の四・四〇倍(選挙人数比)に及んでいたことについて、選挙の効力は事情判決により無効とされなかつたものの、「本件選挙当時において選挙区間に存した投票価値の不平等状態は、憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至つていたものというべきであ」り、「憲法上要求される合理的期間内の是正が行われなかつたものと評価せざるを得」ず、「本件議員定数配分規定は、本件選挙当時、憲法の選挙権の平等の要求に反し、違憲と断定するほかはない。」と判示し、さらに補足意見として、現行定数配分規定を是正しないまま、選挙が執行された場合には選挙の効力を否定せざるを得ないこともあり得るし、当該選挙を直ちに無効とすることが相当でないとみられるときは選挙無効の効果は一定期間経過後に発生するという内容の判決もできないものではないとする意見が付されるなど厳しい見解が示され、その結果、定数是正は、一層急務な問題となつてきた。

(四) その後、調査特別委員会では、昭和六〇年七月から八月にかけて減員対象区に委員を派遺して関係者から意見を聴取し、また、増員区の関係者を参考人として招き、意見を聴取するなどした。

昭和六〇年一〇月一四日に召集された第一〇三回国会では、定数是正問題が重要課題の一つとされ、各党の代表質問や予算委員会における質問でも取り上げられ、その後、前述の両法案の審議は調査特別委員会で行われた。同委員会では、右両法案についていろいろな角度から論議がなされたが、最大の論点は二人区をめぐるものであり、これについての与野党の意見は平行線をたどり、容易に歩み寄りが期待できない状況となつたことから、与野党国会対策委員長会談や幹事長・書記長会談も行われたが、合意を得るに至らなかつた。そのため、衆議院議長は、同年一二月一九日次のような議長見解を示した。

「一 会期もあとわずかになつた現在、定数是正法案の審議が、委員会およびそれぞれの機関の精力的な協議にもかかわらず未だに決着をみていないことは、誠に遺憾である。  二 そもそも最高裁の判決があつた以上、立法府として違憲状態を一日も早く解消すべき重大な責任を負つていることは申すまでもない。議長として、もとより衆議院の代表者としてその責任を痛感している。

三 しかし、現在のところ現実には残りの会期中に決着をつけることは不可能である。従つて、あくまでも立法府の責任を果たすため、昭和六十年国勢調査の速報値に基づき、来る通常国会において、次の原則に基づき、速やかに成立を期するものとする。

〈1〉 現行の議員総数(五百十一名)は変更しないものとすること。

〈2〉 選挙区別議員一人当たり人口の格差は一対三以内とすること。

〈3〉 小選挙区制はとらないものとすること。

〈4〉 昭和六十年国勢調査の確定値が公表された段階において、速報値に基づく定数是正措置の見直しをし、さらに抜本的改正を図ることとする。

四 これに対する立法府の決意表明の措置を講ずる。なお、選挙区制の問題についてはこれまでの与野党間の議論をふまえて、各党が、合意を得られるよう努力を願います。

以上であります。」

これを受けて、調査特別委員会は、翌二〇日次期国会で早急に定数是正を実現すべき旨の決議を行い、同日の衆議院本会議において、

「衆議院議員の現行選挙区別定数配分規定については、最高裁判所において違憲と判断され、その早急な是正が強く求められている。

本件は、民主政治の基本にかかる問題であり、立法府としてその責任の重大性を深く認識しているところである。

本院は、前国会以来、定数是正法案について精力的に審査を進めてきたが、諸般の事情により、いまだその議了を見るに至つていない。

本問題の重要性と緊急性にかんがみ、次期国会において速やかに選挙区別定数是正の実現を期するものとする。

右決議する。」

との決議がなされ、翌二一日第一〇三回国会は閉会し、両法案とも審議未了廃案となり、定数是正問題は、次の通常国会に持ち越された。

(五) 第一〇四回国会は、昭和六〇年一二月二四日に召集されたが、同日、昭和六〇年国調の要計表人口が発表され、定数較差の最大値が、千葉県第四区と兵庫県第五区の五・一二倍となることが明らかとなつた。このような状況の中で、第一〇四回国会においては、前国会での衆議院議長見解や本会議の決議を受けて、定数是正は速やかに解決すべき最大の課題とされた。本会議の代表質問や予算委員会における審議においても、定数是正問題は大きな焦点とされ、二人区問題などについて論議が展開された。

昭和六一年二月一二日、与野党国会対策委員長会談が開かれ、実務者レベルの協議を進めることとなり、それを受けて自民党、社会党、公明党、民社党及び社民連の国会対策副委員長で構成する定数是正問題協議会が設置され、前国会における議長見解を踏まえ、第一〇四回国会において是正を行うことを前提として各党間の協議が進められた。右協議の経緯を踏まえ、同年四月一四日、次のような同協議会座長見解が出された。

「一 議長見解を踏まえ、今国会で実現する。

二 今回の定数是正は、附則改正で行う。

三 是正対象選挙区は、一〇増一〇減の選挙区以外に拡大しない。

四 確定値で変動する可能性のある微差の選挙区は是正を見送る。

五 減員区のうち現行定数四名の選挙区は一名減員して三人区とする。

六 その他の減員区については、今国会の会期、関係者等の意見を踏まえ、合分区、境界線変更等により調整し、二人区の解消に努め、抜本改正においては、二人区を作らない。

七 有権者と立候補者の立場を尊重して、一定の周知期間をおく。」

この見解をもとに、同年四月一五日から二三日にかけて四回の与野党国会対策委員会談が開かれ、更に、四月二六から三〇日にかけて三回の幹事長・書記長会談が開かれ、二人区の解消の方法や、周知期間の問題などで、各党間の協議がすすめられた。そして、これらの協議を踏まえて四月三〇日衆議院議長にその報告が行われ、具体的な二人区の解消の方法や周知期間の問題などの最終的な決着は議長にゆだねられることとなつた。

定数是正問題の調停をゆだねられた衆議院議長は、更に各党から意見の聴取を行つたうえ、五月八日次のような議長調停を示した。

「(1) 今回の定数是正に際し、二人区の解消に努める旨の与野党間の合意の趣旨を尊重し、それを実現するため各党の主張を勘案した結果、減員によつて二人区となる選挙区のうち和歌山二区、愛媛三区及び大分二区については、隣接区との境界変更により二人区を解消することとする。」

(2) この場合、減員は七選挙区となり、総定数を変えないときは、増員は七選挙区となるべきところであるが、今回の定数是正の中心課題である較差三対一以内に縮小しなければならない要請にこたえるため今回は特に八選挙区において増員を行うことも巳むを得ないものと考える。

しかしながら、抜本改正の際には、二人区の解消とともに総定数の見直しを必ず行うものとする。

(3) 本法の施行に際しては、有権者の立場を尊重して周知期間を置くとの与野党の合意を踏まえ、特に、この法律は、公布の日から起算して三十日に当たる日以後に公示される総選挙から施行するものとする。

(4) 以上のほか従来の与野党ですでに合意した点を含め各党間で協議を進め早急に所管委員会で立法措置を行うため審議に入るものとする。」

この議長調停が出されたことにより、これをもとに法案化の作業が行われた。今回の公選法の一部を改正する法律案は、議長調停を受けての法律案であることにもかんがみ、五月一六日、調査特別委員会において委員会提出の法律案とすることが決せられ、五月二一日、衆議院本会議において、提案者の三原朝雄調査特別委員長から趣旨説明がなされ、賛成多数により可決された。

また、右本会議において、今回の是正は、当面の暫定措置であり、昭和六〇年国調の確定人口の公表をまつて抜本改正の検討を行うものであるとして、次のような決議がなされた。

「選挙権の平等の確保は議会制民主政治の基本であり、選挙区別議員定数の適正な配分については、憲法の精神に則り常に配慮されなければならない。

今回の衆議院議員の定数是正は、違憲とされた現行規定を早急に改正するための暫定措置であり、昭和六〇年国勢調査の確定人口の公表をもつて、速やかにその抜本改正の検討を行うものとする。

抜本改正に際しては、二人区・六人区の解消並びに議員総定数及び選挙区画の見直しを行い、併せて、過疎・過密等地域の実情に配慮した定数の配分を期するものとする。

右決議する。」

参議院においては、国会最終日の五月二二日、選挙制度に関する特別委員会において提案者からの法律案の提案理由説明及び各党からの質疑が行われた後、賛成多数で可決され、さらに同夜開催された本会議において、賛成多数で可決され、ここに昭和六一年改正法が成立し、懸案の定数是正の実現をみたのである。

三 昭和六一年改正法制定における国会の裁量性

1 本件議員定数配分規定は、前項で述べたとおりの経緯の下に制定された昭和六一年改正法により、従前の定数配分規定が是正されたものである。右経緯から明らかなとおり、右改正法は、国会が、五八年大法廷判決及び六〇年大法廷判決によつて、最高裁判所から、昭和五〇年改正の議員定数配分規定の下で昭和五五年及び同五八年にそれぞれ施行された衆議院議員総選挙がいずれも選挙区間に存した投票価値の不平等状態が憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至つていたと指摘されたことを深刻に受けとめ、立法府として、最高裁判所から違憲と指摘された定数配分規定を早急に是正すべき必要性を十分に認識し、種々検討を重ね、しかも、昭和六〇年国調の要計表人口を基に当面の暫定措置として制定されたことからも明らかなとおり、定数是正の早急な実現という要請に速やかに対応するために、最大限の努力を重ねた結果制定されたものである。

これらのことは、本件定数是正措置を決定するに当たつての国会の裁量性を判断する場合に、十分にしんしやくされるべきであると思料する。

2 また、本件の定数是正に当たつては、前述の立法経緯から明らかなとおり、定数較差については、それを三倍以内とするとの方針が終始採られていたのである。その結果、右改正法では昭和六〇年国調の要計表人口における定数較差の最大値が二・九九倍となつたのであるが、これは、五八年大法廷判決及び六〇年大法廷判決が、いずれも、昭和五〇年改正により、定数較差の最大値が四・八三倍から二・九二倍に縮小したことについて、右改正前の投票価値の不平等状態は、右改正によつて一応解消されたものと評価することができる旨の判断を示したことを踏まえたものであつた。

すなわち、五八年大法廷判決は、「昭和五〇年改正法による改正後の議員定数配分規定の下においては、(中略)、直近の同四五年一〇月実施の国勢調査に基づく、選挙区間における議員一人当たりの人口の較差が最大一対四・八三から一対二・九二に縮小することとなつたのであり、(中略)、右改正前の議員定数配分規定の下における投票価値の不平等状態は、右改正によつて一応解消されたものとして評価することができる。」と判示しており、また、六〇年大法廷判決も、「昭和五〇年改正法による改正の結果、従前の議員定数配分規定の下における投票価値の不平等状態は、一応解消されたものと評価することができるというべきである。」と判示しているところである(なお、右改正は昭和四五年国調による人口を基準としたものであるため、右改正時における最大較差は一対三を超えていたものである。五八年大法廷判決安岡満彦裁判官反対意見参照)。右各大法廷判決はいずれも、昭和五〇年改正により、投票価値の不平等状態が一応解消された、すなわち、違憲状態でなくなつたことを前提とした上で、当該各選挙施行時においては違憲状態であつたとし、なされるべき定数是正について、憲法上要求される合理的期間が経過していたか否かの検討に移つているのであり、その中で、昭和五〇年改正法の公布の日(同年七月一五日)以後のある時点において、定数較差の拡大による投票価値の不平等状態が憲法の選挙権の平等の要求に反する状態に達していたと推認しているのである。

このように、右各大法廷判決は、昭和五〇年改正における定数較差(最大二・九二倍)は違憲でない旨を明確に判示しているのである。

また、昭和六一年改正法の目的が、専ら大法廷判決によつて違憲状態とされた定数較差の是正を図るものであつたことは前述の経緯から明らかであるが、前述のとおり、衆議院議員の選挙における選挙区割と議員定数の配分の決定については、複雑微妙な政策的及び技術的考慮要素が含まれており、これらをどのように考慮して具体的決定に反映させるかについて客観的基準が存するわけではない。また、定数較差の許容基準についても客観的具体的基準が存するわけではないのであるから、国会が、最高裁判所から昭和五五年及び昭和五八年にそれぞれ施行された総選挙について定数較差の状態が違憲状態にあると指摘され、そのために、違憲状態の解消を目的とした定数是正を早急に実現するに際し、前記各大法廷判決が違憲でないとした昭和五〇年改正における定数較差を最大の目安とし、それを定数是正を行う上での方針としたことには、十分合理性があるというべきである。

3 以上のとおり、本件議員定数配分規定は、前記各大法廷判決が示した基準である「具体的に決定された選挙区割と議員定数の配分の下における選挙人の投票価値の不平等が、国会において通常考慮しうる諸般の要素をしんしやくしてもなお、一般的に合理性を有するものとはとうてい考えられない程度に達している」とは到底認められないのであり、したがつて、本件選挙が無効とされる理由は全くないことは明らかである。

被告の主張(三)

第一 国会の裁量権の行使について、国会が定めた具体的な選挙制度において、現実に投票価値に不平等が生じている場合には、それが国会が正当に考慮することのできる重要な政策目的ないし理由に基づく結果として合理的に是認することができるものでなければならないとする昭和五一年四月一四日の最高裁判所大法廷判決(以下「昭和五一年大法廷判決」という。)に照らし、本件選挙の基礎となつた定数配分の較差が、合理的に是認されるべきものとして、国会においてどのような事柄が考慮されたかについて

一 代表民主制の下における選挙制度は、選挙された代表者を通じて、国民の利害や意見が公正かつ効果的に国政の運営に反映されることを目標とし、他方、政治における安定の要請をも考慮しながら、それぞれの国において、その国の事情に即して具体的に決定されるべきものであり、そこに論理的に要請される一定不変の形態が存在するわけのものではない。わが憲法もまた、右の理由から、国会両議院の議員の選挙については、議員の定数、選挙区、投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとし(四三条二項、四七条)、両議院の議員の各選挙制度の仕組みの具体的決定を原則として国会の裁量にゆだねている。

ところで、現行の衆議院議員の選挙については、いわゆる中選挙区単記投票制が採用されている。これは、衆議院の有すべき性格にかんがみ、候補者と地域住民との密接性を考慮し、また、原則として選挙人の多数の意思の反映を確保しながら、少数者の意思を代表する議員の選出の可能性をも残そうとする趣旨に出たものと考えられる。このような政策的考慮に立つ選挙制度の採用が憲法上国会の裁量権の範囲に属することは、異論のないところである。

二 この中選挙区単記投票制を採用する衆議院議員選挙においては、全国を多数の選挙区に分け、各選挙区に議員定数を配分することが必要となるが、その具体的な選挙区割と議員定数の配分の決定に当たつては、「極めて多種多様で、複雑微妙な政策的及び技術的考慮要素が含まれており、それらの諸要素のそれぞれをどの程度考慮し、これを具体的決定にどこまで反映させることができるかについては、もとより厳密に一定された客観的基準が存在するわけのものではない」ことは、昭和五一年大法廷判決において判示されたとおりである。

そうすると、国会が具体的に決定した選挙区割と選挙定数の配分内容が憲法に違反するか否かが問題となつた場合に、裁判所の違憲審査の在り方としては、昭和五一年大法廷判決がいうように、「結局は、国会の具体的に決定したところがその裁量権の合理的な行使として是認されるかどうかによつて決するほかはなく、しかも事の性質上、その判断にあたつては特に慎重であることを要し、限られた資料に基づき、限られた観点からたやすくその決定の適否を判断すべきものでないことは、いうまでもない」こととなる。したがつて、国会がその裁量権を行使して具体的に決定した選挙区割と議員定数の配分の下において、選挙人の投票価値に不平等が生じた場合、この不平等が、「国会において通常考慮しうる諸般の要素をしんしやくしてもなお、一般的に合理性を有するものとはとうてい考えられない程度に達しているときは、もはや国会の合理的裁量の限界を超えているものと推定されるべきものであり、このような不平等を正当化すべき特段の理由が示されない限り、憲法違反と判断するほかはないというべきである」が、逆に未だ一般的に合理性を有するものとはとうてい考えられない程度に達していないときは、国会の合理的な立法裁量の範囲内にあるものとして、裁判所は、国会の判断を尊重し、右不平等について司法審査を謙抑するのが相当といわなければならない。この考え方は、昭和五一年大法廷判決以来の確立された判例と解される。

三 本件では、昭和六一年法律第六七号による改正後の公選法一三条、別表第一、同法附則二項及び七項ないし一〇項に定められた本件議員定数配分規定の合憲性が問題となつているが、本件議員定数配分規定によれば、昭和六〇年一〇月実施の国勢調査の要計表(速報値)人口に基づく選挙区間における議員一人当たりの人口較差は、最大一(長野県第三区)対二・九九(神奈川県第四区)であり、本件選挙時の選挙人数に基づく右人口較差は、最大一(長野県第三区)対二・九二(神奈川県第四区)であつた。この本件選挙当時の人口較差が示す選挙区間における選挙人の投票価値の不平等の程度は、既に「被告の主張(二)」第三で述べたように、国会において通常考慮し得る諸般の要素をしんしやくしてもなお一般的に合理性を有するものとは到底考えられない程度に達しているとはいえないと解するのが相当である。なぜなら、昭和五八年大法廷判決(最高裁大法廷昭和五八年一一月七日判決)は、昭和五〇年法律第六三号による改正後の衆議院議員定数配分規定により、選挙区間における議員一人当たりの人口較差が最大一対四・八三から一対二・九二に縮小することとなつたことについて、「右改正後の較差に示される選挙人の投票の価値の不平等は、前述の観点からみて、国会の合理的裁量の限界を超えるものと推定すべき程度に達しているものとはいえず、他にこれを合理的でないと判定するに足る事情を見出すこともできない上、国会は、直近に行われた国勢調査の結果によつて更正するのを例とする旨の公職選挙法別表第一の末尾の規定に従つて、直近に行われた前記国勢調査の結果に基づいて右改正を行つたものであることが明らかであることに照らすと、前記大法廷判決によつて違憲と判断された右改正前の議員定数配分規定の下における投票価値の不平等状態は、右改正によつて一応解消されたものと評価することができる。」旨判示し、昭和六〇年大法廷判決(最高裁大法廷昭和六〇年七月一七日判決)も「昭和五〇年改正法による改正の結果、従前の議員定数配分規定の下における不平等状態は、一応解消されたものと評価することができるものというべきである」と重ねて判示しているが、このことからすると、前記の本件選挙当時の選挙区間における議員一人当たりの人口較差は少なくとも一般的に合理性を有するものとは到底考えられない程度に達しているとはいえないからである。そして、国会が右昭和五八年大法廷判決及び昭和六〇年大法廷判決の趣旨を尊重して本件議員定数配分規定に改正したことは前記「被告の主張(二)」第三で述べたとおりである。

四 以上のとおり、本件議員定数配分規定による選挙人の投票価値の不平等は、未だ国会の裁量権の合理的な行使の範囲内のものとして評価されるのであるから、国会において考慮された具体的事由について個々にその合理性の有無を裁判所が審査するまでもなく、何ら憲法に違反するものではないというべきである。

第二 本件選挙の基礎となつた議員定数配分規定における逆転現象について

いわゆる逆転現象、すなわち、人口のより多い選挙区の方が人口のより少ない選挙区より配分議員数が少ない状態が、本件選挙の基礎となつた本件議員定数配分規定に認められたことは否定できないところではあるが、右問題は、直接的には各選挙区間の配分議員定数の均衡の問題であつて、少なくとも選挙人の投票価値の不平等の合理性の問題とは解されないのである。なぜなら、選挙区間における議員一人当たりの人口較差が最大一対一・五一であつたといわれる昭和二二年の衆議院議員選挙法においてすら、個々の選挙区間に逆転現象が認められていたからである。また、仮にこのいわゆる逆転現象が選挙人の投票価値の不平等の合理性の問題としても、既に第一において詳細に述べたように、「結局は、国会の具体的に決定したところがその裁量権の合理的な行使として是認されるかどうかによつて決するほかなく」、それは、また、「国会において通常考慮しうる諸般の要素をしんしやくしてもなお、一般的に合理性を有するものとはとうてい考えられない程度に達しているとき」に、はじめて「もはや国会の合理的載量の限界を超えているものと推定されるべきものであ」る。そうすると、本件選挙においては、選挙人の投票価値の不平等が未だ一般的に合理性を有するものとはとうてい考えられない程度に達しているとは認められないのであるから、このいわゆる逆転現象は、第二において述べたのと同様に国会の立法裁量権の合理的な行使として是認されるのが相当である。

第三 議員総定数及び選挙区割を定めることについての国会の裁量権は、ある程度幅広く認められるとしても、定められた選挙区の定数の割振りについては、裁量の幅は狭く、形式的平等を貫くべきであるとする原告の見解について

既に、第一において述べたように、選挙人の投票価値の不平等における国会の立法裁量の当否を裁判所が判断するに当たつて、「国会において通常考慮しうる諸般の要素をしんしやくしてもなお、」未だ右不平等が一般的に合理性を有するものとはとうてい考えられない程度に達していないときは国会の合理的な立法裁量の範囲内にある、とする考え方は、昭和五一年大法廷判決以来確立した判例と解される。そして、その裁量すべき要素や裁量の在り方などについては、「極めて多種多様で、複雑微妙な政策的及び技術的考慮要素が含まれており、それらの諸要素のそれぞれをどの程度考慮し、これを具体的決定にどこまで反映させることができるかについては、もとより厳密に一定された客観的基準が存在するわけのものではない」と昭和五一年大法廷判決の判示するところである。今この確立した判例を変更しなければならない特段の理由は認められない。そうすると、選挙人の投票価値の不平等の合理性の問題において、国会がしんしやくすべき裁量の要素やその裁量の在り方について段階的かつ広狭の差異を主張する原告の右見解は、この確立した判例の考え方に反する独自な見解というべきであるから、排斥されるのが相当である。

別表 衆議院の選挙区別人口・定数・議員1人当たり人口〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例